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aeolian design tech blog (https://www.aeoliand.com) 室内音響 音場補正 Dirac Live の話題です

「よい音」とは?

 

「よい音」とは

以前のコラムで「よい音」についてふれたところ,いくつかご意見を頂いたので,もう少し考えてみたいと思います.

aeoliand.hatenablog.com

 

結論を言うと,管理人は,多数決で決まる「よい音」というのはあるだろうけど,万人が認める「よい音」というのはないと思っています.その意味では「美味しい料理」や「素敵なファッション」と同じだと思います.

そうすると一番大切なのは,他人ではなく,各自が「自分の求めるよい音」がどのようなものかを把握し,それに沿うことではないでしょうか.他人の好みに合わせても仕方がありません.

 

ここでは管理人の求める「よい音」を(PAではなく)アコースティックなライブコンサートが再体験できる音という前提で話を進めます.当然,そのような音を「よい音」と思わない方も大勢いると思います.

ではどうすれば「よい音」を聴くことができるのでしょうか.

「音」と「音の響き」について

オーディオで「よい音」の再生はムリ!? 

管理人はかつて弦楽器を習っていたことがあり,関連の音楽家の皆さんから,オーディオで「よい音」を再現することは無理で,そもそも期待していない,という意見を多くききました.

 

同じ楽器でも一万円のものから一億円のものまであって,どちらも同じ「音」を出すけれども「響き」は大きく違い,それが値段の差だそうです.

また演奏するホールの良し悪しも「響き」にあるそうです.確かに会議室でもサントリーホールでも同じ「音」を聴くことができますが「響き」は大きく違います.また演奏家は各ホール固有の「響き」にあわせて演奏自体を変えると言います.

 

その基準において判断すると,オーディオは「音」を聴くものであって,それで「よい音(響き)」を聴くことはできない,というのが彼らの認識のようです.もちろん音だけでも音楽はわかりますから,それでいいと割り切っているのでしょう.

 

オーディオで「音」が再現できるのはあたりまえなので,いかに「響き」が再現できるかということがポイントとなりそうです.

 

「よい音」を再現するための3要素

すると「よい音(響き)」を再現するにあたって考えなければならない要素は3つあります.

 

  1. 「よい音(響き)」の音源(CD,音楽メディア)
  2. 「よい音(響き)」の再生(オーディオ機器,リスニングルーム)
  3. 「よい音(響き)」の認識(リスナーの認識能力)

 

この3つすべてがそろって「よい音」を聴くことができると考えてもいいでしょう.

先ほどの音楽家演奏家の不満についていえば,3番目の認識能力はあると仮定すると,1番目の音源の選択,2番目の再生方法に問題があるのでしょう.

 

周波数特性と時間・位相特性

ところで「響き」とは何でしょうか.これを説明するのは大変ですが,ここでは音の時間・位相特性が強く関係しているとしておきましょう.そのおおざっぱな意味は「音の時間差」と考えてください.ホールの響きは1/10秒から数秒の音のズレ,楽器の響きは1/1000秒までの音のズレに表れます.

一方「音」は周波数特性としておきましょう.

 

「響き」の要因

さて「響き」,すなわち音の時間・位相特性を変化させる要因はなんでしょうか.

音自体を発生させるものの多くは物体(例えばピアノの弦)の振動です.これで「音(ピッチ)」が決まります.発生した音が個々の楽器の筐体を伝わることにより(このとき時間差が発生)二次的な音が発生し,その楽器特有の音(波形)が作られます.同じ楽器でもその構造が微妙に違うので音の伝わり方も微妙に異なり,よって同じバイオリンでも響きが微妙に異なります.その微妙さ加減のよいものがよい楽器として評価されます.

次に楽器から出た音がホール中に広がり,ある特定の音は楽器から直接耳に届くけれど,その多くの音はホールの壁で複雑に反射された音です.ここでも時間差が生まれます.楽器と同じように,この時間差の作られ方でホール固有の響きが決まり,そのあるものがよいホールとして評価されます.

 

一方,オーディオに目を向けると,音を発生させるのはスピーカーユニットのコーンです.コーンの振動がスピーカーのキャビネットに伝わり(このとき時間差が発生)音を二次的に発生させ,またコーンから出た音がキャビネットで反射します.ここでも時間差が発生します.スピーカーから出た音がリスニングルーム中に広がり,ある特定の音はスピーカーから直接耳に届くけれど,その多くの音は壁で複雑に反射された音です.ここでも時間差が生まれ,それらがすべて重なり合って耳に届きます. 

 

一般的に以上のようなプロセスで音の時間がズレ,音の時間・位相特性が変化し「響き」となって現れます.つまり,楽器やスピーカー自体と部屋が「響き」の要因です.ここに注目してみましょう.

 

音楽再生のプロセス

ここで私たちがオーディオで聴いている音の作られ方の全容を見てみましょう.

 

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これをもとに個別に「よい音」を再現するための要素について話を進めていきます.

 

「よい音(響き)」の音源

音源が作られるまでの過程は「録音」と「音源制作」2つに分けられます.

ところで現在では録音された音源はほぼすべてデジタルです.当然そこにはオーディオマニアの人が気にするA/Dコンバーターや多数のケーブルが関与しています.

 

録音過程

さて,録音過程で「音の響き」に関連する項目は以下の通りです.

 

  • 演奏楽器
  • 録音ホール
  • マイク
  • レコーダー

 

楽器から出た音がホールの壁で複雑に反射され,すべての音が重なり合ってマイクに届き,電気信号に変換され,デジタルデータとして録音される,という流れです.

録音で使用したホールはもちろん大切ですが,使用したマイクの仕様,またマイクの本数と設置場所はとても重要です.これらはそれを決定する録音エンジニアのリスニング能力に大きく依存し,当然ですが録音された音より良くなることはありません.ここが悪ければ後はすべてダメです.

マイクの本数については,音の時間・位相特性,特に「音像の定位/サウンドステージ」の観点からワンポイント録音が良いと言われています.またマイクの性能以上の周波数を録音することもできません.

オーディオマニアの人はレコーダーに使用されているA/Dコンバーターやケーブルも気にするかもしれません.

 

ちなみにワンポイント録音に関しては制作者側の興味深い記事がありますのでご紹介します.興味のある方はぜひどうぞ.

http://audio-interior.com/digital_recording.html#mike_settings

ワンポイントと言うのは技術用語ではないので明確な定義があるわけではありません。分かりやすく言えば、一連の集音系が一つの音空間をできるだけ歪めずにそのまま取り込む録音方法とでも言えば良いでしょうか。もう少し厳密に言うならば、いくつかのマイクからなる集音系が、ある限られた空間領域にセットされていて、各音源から発せられた音の時間的同時性がある程度確保された収録方法です。

 

音源制作過程

ここは「音の響き」に大きく影響を与える項目が多数あります.

ミキシング,マスタリングではそれぞれで異なるオーディオ機器と部屋が関与し,音の良し悪しを各エンジニアが判断して録音された音を加工します.

当然エンジニアのリスニング能力が影響します.また加工内容は,音量,バランス,リミッター,コンプレッサー,イコライザーなど多岐にわたり,すべてデジタル信号処理されます.

オーディオマニアの人にはデジタル信号処理を嫌う向きもあるようで,デジタル加工されていない音源を探すのに苦労していると聞いたことがあります.

 

以上のようなプロセスで CD や音楽メディアが作られており,「音の響き」を悪化させる要因が多数含まれていますが,結局,我々末端のリスナーが唯一できることといえば,「よい音の音源」を選ぶことくらいで,これが一番大切です.よくない音源はどう再生してもよくなりません.

 

ちなみに Dirac Research 社の Dirac Live は,この過程でより高品位な音源制作を目的とし,部屋によって変化した「音の響き」,すなわち室内音響を最適化する(音の時間・位相特性の最適化をほどこす)ためのソリューションとして開発され,欧米を中心にスタジオで使用されています.

www.aeoliand.com

 

「よい音(響き)」の再生

この部分がオーディオ機器,およびリスニングルームの箇所にあたります.「音の響き」に大きな影響を与えるのがリスニングルームです.これは音源制作過程で使用するコントロールルームについても同様にあてはまります.

 

この話題は既にいくつかのコラムで取り上げていますので割愛いたしますが,対策のポイントとしては,オーディオ機器の適切なセッティングと適切なルームチューニングをほどこすことです.そのためにはノウハウはもちろん,コストと手間が大変で一般の方には難易度が高いと思われます.また部屋をオーディオ用途にしたくない人やインテリアを重視される人は,そもそもそのような対策ができません.

そのような人,あるいはルームチューニングをほどこしても結果に満足のいかない人(特に低音の処理はやっかいです)に対し,部屋によって変化した「音の響き」,すなわち室内音響を最適化する(音の時間・位相特性の最適化をほどこす)ためのリーズナブルなソリューションとして Dirac Live をご案内しています.

 

反射音の知覚に及ぼす影響

ところで,コンサートホールとリスニングルームは何が違うのか,部屋という意味では同じではないのかという疑問があるかと思います.

実は部屋の大きさが「音の響き」に大きく関係しているのです.

コンサートホールは巨大で,壁で反射した音が耳に届くまでに時間がかかり(1/10秒から数秒),反射音の音量も長い伝搬距離に従い小さくなります.

一方,リスニングルームは狭いので,直接音に対して壁で反射した音が耳に届くまでの時間差があまりなく,またその音量も大きいままです.

 

以下のグラフを見て下さい.

 

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これは反射音が聴覚認識に及ぼす影響を示したグラフです.

右のグラフで,反射音の時間差が横軸,その音量が縦軸です.ご覧の通り,反射音が 10 msec 以下の場合,聴覚認識に大きな影響を与えるのです.つまり,反射音がすぐ耳に届く狭い部屋ほど問題が大きく,これが室内音響の「壁」の正体です.

多くのオーディオユーザーはこの「壁」の存在を知りませんし,知っていたとしても適切な対策を打てる人はさらに少ないと思われます.そのため音源本来の音を聴いたことがある人は少ないのではないでしょうか.

ちなみにこの聴覚認識に大きな影響を与える初期反射音の対策は Dirac Live の得意とするところです.

 

「よい音(響き)」の認識

さて,ここまでで仮に「よい音」がうまく再生されたとしましょう.しかしリスナーがそれを認識しなければ「よい音」とは思わないでしょう.これが冒頭に挙げた,万人が認める「よい音」はない,という意味です.

 

音の響き(音の時間・位相特性)の認識能力には個人差があります.まったくわからない人,あまり気にならない人もいれば,音楽家演奏家のように響きに敏感な人もいます.これが音源制作過程でエンジニアのリスニング能力が重要であると言った理由です.

また,音の響きの認識能力の低い人は Dirac Live の時間・位相特性最適化の効果は感じない,あるいは少ないと感じるはずです. 一方,周波数特性の最適化については,多くの人がその違いがわかると思います.

 

実は,音は耳で聴いているのではなく脳で聴いているため,音の聴こえ方は脳の認識能力に依存し,それはトレーニングすることで向上させることができます. 

とはいえ耳は音信号を脳に伝える大切なセンサーですから,センサーとしての能力を最大限発揮すべく,耳鼻科で自分の耳の手入れをしましょう.

 

さて,「音」つまり聴覚の周波数特性に関しては個人差もありますが,一般的には高齢になればなるほど特に高域が聴こえにくくなり(下図),最終的には補聴器が必要になります.「音」をとらえる耳はセンサーで,つまり部品なのでその能力の経年劣化は避けられません.

なお,自分の聴覚特性は耳鼻科で知ることができます.

 

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一方,「音の響き」は脳の認識能力です.音の時間・位相特性の認識能力は脳のアルゴリズム(神経線維のネットワーク)なので,加齢による衰えも少なく,これはトレーニングでその能力を維持,強化することが可能です.

 

楽家演奏家は日々音の響きに対して敏感に接しているのでその認識能力が高く,逆に若くても日常イヤホンやヘッドホンなどで音楽を(特に大音量で)聴いている人は「音の響き」や「サウンドステージ」に鈍感だと言われています.

 

音の響きの認識能力を養うために,とくに楽器を習う必要はなく,例えば公園や森を散歩した時,鳥のさえずりや,風の音,木の葉のこすれる音など,自然の音を耳にし,それらに意識を集中して耳を澄ませ,どのくらいの距離で,どの方向から聴こえているのかを気にするだけでも十分だと思います.

 

音像の定位/サウンドステージ

「よい音」には「音の響き」に加え「音像の定位/サウンドステージ」も大きく関係するのですが,このコラムではふれていません.これは先程の鳥の声の例で言えば,森や公園で鳥のさえずりを聴いて,その鳥がどのくらいの距離に,どの方向にいて,鳥の大きさがどのくらいかが分かるというようなことです.

これも音の時間・位相特性と関係していて Dirac Live の得意とするところです.これはまた別の機会で取り上げたいと思います.

 

まとめ

「よい音(響き)」を再現するために考慮すべき点は次の3つです.

 

  1. 「よい音(響き)」の音源(CD,音楽メディア)
  2. 「よい音(響き)」の再生(オーディオ機器,リスニングルーム)
  3. 「よい音(響き)」の認識(リスナーの認識能力)

 

冒頭で,万人が認める「よい音」はなく,大切なのは「自分が求めるよい音」が何かを各自が把握するとだとお伝えしました.これは上記の3番目にあたります.人の認識はみんな異なり,自分がよいと感じればそれが「よい音」なのです.ある意味でこれが全てです.

 

ここでは「よい音」をライブコンサートが再体験できる音ということで話を進めました.もちろん.そのような音を「よい音」と思わない方も大勢いると思います.

これを前提として,何をしようとしているか全体像を見てみましょう.

 

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左図のライブコンサートを右図のオーディオ再生で再現しようとしているのです.すると両者の違いは,右図の「多数のプロセス」という箇所ですが,ここが透明であれば透明であるほどライブコンサートに近づくことになります.

この「多数のプロセス」の詳細についてはこれまで述べてきたとおりです.

 

現実的にはこれを透明化することは不可能なので,なるべく透明になるよう講じなければなりません.

 

まずは上記3要素の1番目である,「よい音(響き)」の音源の選択です.よくない録音はどう再生しても「よい音」にはなりません.

 

次に,2番目の「よい音(響き)」の再生です.これにはいろいろな考え方があると思いますが,管理人のアプローチは,大きな問題を引き起こすところから順に手を付けるというものです.すなわち,室内音響問題,セッティング,スピーカー,その他という順番です.オーディオ機器に関して言えば(10万円程度の)普及品で十分なのではないかと思います.これは以前のコラムでご案内した通りです.

 

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最後に3番目の「よい音(響き)」の認識です.これは自分の脳の認識能力なので,野に出て自然に触れ,「音の響き」に対する能力を養ってください.

 

そして音楽を文字通り楽しみましょう.

 

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